get app

ダウンロードはこちらから

僕の過去(イマ)のお話③

さぁラストの回がやってきました。

本音で言います。

これやるってなんで言ったのか、、、

全力でやってるので今回までお付き合いください!!!

 

前回も話したように今回は

あるばしょをに向けて話していますので

ご理解ください!

 

ではいきましょう!

やっと本題「企業編」です。

前回までの2作で僕の考え方が

お分りいただけたと思いますので

今回は企業にどんなこと必要なのかを

経験を通してお話しします!!

 

僕がウルルを立ち上げたのは2012年

計画を具体化したのは2011年

最初にコンセプトを立てたのが2004年

最初に0から1にするのに僕は8年の時間を使いました。

今は違いますが当時の僕は

満点が全てでしたので

19歳の僕は技術覚える逆算をしたら自分の中で

27歳で独立すると決めていました。

今のウルルの半個室は19歳の時に

フェイシャルメニュー中に

他のお客様から

お客様が寝顔をバカにされたのを見て

これでは笑顔は作れないと思ったことが

始まりで、尚且つ友達と

夜間講習の帰りにドラマのように

公園のベンチに座り

夢を語り合ったあの日の

約束が具現化された形になります。

唯一違うのは個室でなく半個室に

なったこととブースが斜めになったことくらいでしょうか。

 

なんだかんだで28になる年ギリ27歳で独立します。

 

無知と根拠のない自信を身にまとい

まさかのテナント経験なしで

 

石花土地を買うと

石花店を立てるを

一気にやっちゃいますw

 

なんと土地は130坪

3000万の借金を背負い

僕はスタートをきります。

 

この時僕は全く経営のノウハウも

それを教えてくれる人脈も持っていませんでした。

 

腕1本!

 

かっこよく聞こえますがバカでした。

当たり前のように店は

うまくいかずたった2ヶ月で

店の貯金通帳は10万をきり

食事はもやししか食べれなくなり

暇すぎて

店のレジのところで

ユーチューブで

あの時はなんチャラ今はなんチャラ〇〇サイコーーーー

みたいな動画を見ては気持ちを落ち着かせる

メンタルがギリギリの状態で

時間を過ごしていました。

 

そんな中僕は人に相談をすることにします。

 

相手は僕の事業計画を見て絶対やめたほうがいい

って言ったディーラーさん

他のまわりの人は

おだてるばかりの中

親身になって話を聞いてくれたひとでした。

しかし僕はその時は、

 

なんだこの人

まだやってもいないことをできないとか言いやがって

俺ならできるし!

 

なんてことを感じ相手にもしていませんでした。

 

しかし結果自分のやり方がダメだった時

意見を聞こうと思ったのは僕のことを

失敗すると言い切った人でした。

 

僕は素直に僕のやり方では店がなくなる。

資金はこれしかない

どうすればいい?

と全てをさらけ出しなんでも受け入れる

準備をしました。

 

それから1年間週何時間も僕の昼夜問わずの

質問攻撃電話に対応してもらいました。

今思うと営業妨害ですw

 

そこででたアドバイスが2つ

・チラシを自分の足でまく

これはすぐやりました。

後払いだからできましたがよくお金ないのにプロに頼みましたよねw

 

そしてこの出会いが起きます

・モロッカンオイル導入

のちに当サロンが6年後九州代表取扱店をすることになる

モロッカンオイルとの出会いです。

九州代表とは言っても

ただ九州ではここだよって書いてる3店舗の1店舗ってだけですけどねwww

 

でね、これをブランド化しろとか言うんです

10万ないのに数十万のキット

買ってあとがなくなりましたね、

ぜったうまくいかせましょう。

とか言うんですwww

もう今思うと新手の詐欺師かと思いますが

なぜかこの時あとが無かったため

藁にもすがる思いで

モロッカンに絡ました

キャンペーンをうち

それが目標をはるかに超えるヒット!!!

これで軌道に乗ります。

 

正直奇跡だったと思います

商品だのみのブランディング戦略の成功w

しかしながらやると決めたら

モロッカン大好きって思いが

強まりモロッカン

が本当に武器になり

指宿で1店舗しか

モロッカンを扱えない

契約も功を奏し

どんどんお店もモロッカンとともに

少しづつ指宿内で

聞いたことあるねくらいにはなっていきます。

ここにはもちろん世界一の商品力という

実力があってこその話だったと思います!

 

 

最初の1年で学んだのは

・運転資金は必要

・技術だけで人は来ない

・周知する努力は泥臭く必死にするべき

・自信があるなら諦めない

・謙虚に素直に生きること

・本当の味方は誰なのかを見極める

・自分が好きなもの思いのあるものを持つべき

 

余計なプライドはいらないし人に頼むことを

恐れない強さが必要だと思います。

 

時はそこから数年たち今があるのですが

その中で今未来起業家さん達に

しっかりわかって独立して欲しいことがあります。

僕の失敗談を話しますのでそこからイメージしてください。

 

・独立したがお客様が全く来ない

・運転資金が事業計画になかったためすぐ資金ショート

・会計士がとぶ

・スタッフがデビュー直前にやめる

・税金の計算ができない

・返済って経費じゃないの!?

とかもうあげたらキリがないですね、、、

でも僕のしっぱいは事前から知識を

持っていれば回避できるものばかりです!

 

起業前にやらないといけないことは

・知識の貯金

・即行動!

・覚悟を決める

・死ぬほどイメージする

・やらない言い訳ではなくやる理由をつくる

・こだわりなのか無知なのかを精査する

・起きることは全部自分の責任、回避できる!

・その出会いは本当にいい出会いなの?

・経営・営業・集客・現場・売上・利益は似て非なるということ。

・経営は必ず人も巻き込むということ

・決算書の見方は少しでも勉強すること

 

僕がお店のブログを使ってデメリットしかない

発信だとしてもある団体に届けたい

僕のできることです。

 

ぜひ参考にしていただければ!

 

では 三部作終了〜!

やりきったーw

1話目

2話目

 

 

 

 

 

 

僕の過去のお話②

前回僕の学生の頃のお話をしました。

自分の過去の話をがっつり書くことは

本当に恥ずかしの1択ですねw

 

でもやります。

 

実はこの三部作届けたい団体のメンバーがいて書いています、

必要ない方には本当になんなん❔

って話なのですぐに離脱しましょうw

 

はい、第二弾は僕が社会人になってからのお話で

コンテスターだった頃のお話です。

 

僕は高校を卒業して

県外の大学に行きたかったのですが

なかなか思うようには行かず

ヘア産業への道を歩むことを決めます

18歳だった頃の僕はクソ野郎で

どうやったら

簡単にやめられるのかを考えていました。

嫌だったんですなんか理美容関係に進むのが。

だから一般の方とは全く違う

形で業界に入ります。

世はカリスマ美容師戦国時代

戦国の世にやる気のない少年が

ヘア産業会に投げ出されることになるのです。

しかしこれが不思議な出会いが起きます。

 

やる気のない僕はまず求人票を見ませんw

なので行ってたサロンにとりあえず電話して

断られます。

ダローネw

で、親が同業者だったので

ディーラーさんにお願いして

サロンを見つけてもらいます。

ここで1つ目の出会いの奇跡が訪れます。

 

最初に話がかかったサロンのオーナーさんは

僕の話を聞き即戦力が欲しい

という理由で話を蹴ります。

この人が僕の師になる人になります。

で話は伝言ゲームのように

なんか店探してるらしいよ!

ってことでくるくる話は回ります。

そして伝言ゲームは

最初のサロンに帰ってきたのです。

僕の師匠はその時に

2回も来るなら何かの縁だからという

ボランティアみたいな理由で僕を受け入れてくれるのです。

ここで僕の人生が変わります!

いつか書いた

ブログのようなことが起きるのですが

そこを経て僕はとりあえずサロンワークに

入り始めます。

当時通信過程で免許を取ろうとしていたので

それもまた自分の中ではめんどくさいクソ野郎でしたw

サロンに入ってから1月たち

忘れもしない5月7日

僕に師匠がこう言います。

「コンテストにでろ。」

、、、

まだ何もできないんですよ僕w

しかもこう続けます。

『出場することに意味はない出るなら勝て』

思いましたね。

あー僕は勝たないといけない

ところに身を置く運命なのだなと。

もちろん勝つことに対する取り組み方は

高校の時に死ぬほどすり込まれているので

勝つための練習をしました。

大会は6月中旬

実はこれを機に僕は

研究団体TEAM ZERO

という団体に所属します。

これがまた僕のコンテスター人生に

火をつけることになります。

この団体は各サロンでコンテストで結果(1位)

を求める人たちの集まりでした。

あくまでこの時は県内での話です。

僕がでた種目はワインディングという種目で

この仕事の登竜門

平たくいうと

パーマのロット巻きです。

やり込んだつもりでしたが

結果は全然、、、

確か6位くらいだっただったと思います、、、

他のメンバーは僕とあと1人をのぞいて

全部門優勝

思いました。

またこれか。

結局負け組はどこで何をやっても

負け組かと。

でも仕事の楽しさをこの1ヶ月で

覚えてしまったんです。

見抜いていたのでしょう、僕が

そういう場でモチベを保ったり

レベルが上がりやすいことを。

僕の中でやめるという選択肢が無くなります。

ここで普通なら1位を目指すのでしょうけど

練習に意味が見出せず

コンテストに関しては2年間負け癖がついてしまいます。

例えば

・上のレベルの部門だから仕方ない

・この経験年数でここまで来れたらok

・たくさん出てんだから3位でもよくない

・この大会のレベルからしたらいい方でしょ

 

はっきり言いますクソです。

 

やらない言い訳

負けたことを認めない

自分の低次元さを理解しない

もう底辺の発想です。

この発想では一生負け犬です。

しかし何を思ったのか

4年目の大会で全国大会に行くとか言い始めたんです。

理由は会場が北海道だから。

、、、

不純ですよね。

でもこれが練習し始めるきっかけになります!

この時のコーチしてくれた先生が

ガチの怖い人で普通に蹴る。

もう本当に高校に逆戻り。

昨日は触れませんでしたけど

男子校だったので想像通りの

とんでもないルールもたくさん、、、

これはまた今度!

 

でねこのコーチが僕にいうんです

『できないのになんで寝るの』

ってw

もうすごくないですかwww

でもこれ今はわかります。

言葉には真意があるわけです。

こんなこと言ってますが

当時はこれがストレスで

喉に2センチくらいの

口内炎がふたつできて

食べ物が喉を通せなくなります。

食べてたけど食べ物でまた炎症のところに

当たって味とかじゃなくて

痛みしかなく唾を飲むのも激痛

難病指定かもしれないと病院側が大騒ぎ。

そして僕はこの体調のまま

コンテストに出場します。

当時の練習時間は

21時から0時まえくらい

サロンワークが8時出社の21時くらいでした、、、

結果僕はそのコンテストで

0.1ポイント差で負けます。

このまけが僕の人生を変えます。

その夜は大号泣に大号泣

ここで目標が達成されないと

いろんな人の時間を奪い

思いを汚し自分が無価値になることを

知りました。

大げさかもしれませんがこれは

目標を口にするものの義務です。

目標は達成されないと

心に大きな傷を残します。

もっというと傷にならないのくらいなら

それは本気ではなかったのではないかと。

次の年の向けて練習が始まります。

1年かけて寝る時間を最大まで削ります。

当時3〜5時間に設定していました。

下手くそはできるまでやる時間が必要です。

センスを努力で凌駕しなくてはなりません。

僕凡人なんで。

当たり前ですが倒れます。

もう少しでやばいことになっていたらしいのですが

水を飲まなすぎていたようですw

水を飲む時間が勿体無かったんですよね当時w

この時に自分のギリギリを学びました。

出場じたいも考えましたがそのまま

出場。

結果は優勝。

ここから7年間部門を1度変えながら

負けることはなく

鹿児島の代表を背負い

戦うことになります。

この時師匠は

県大会は通過点で結果ではないと

よく話してくれました。

僕もそう思っていました。

 

さぁここです。

 

人は足りることを知らない生き物です。

満足はしません。

県チャンピオンになりたかった僕は

全く県チャンピオンで嬉しくなかったんです。

RPGでボスを倒すと次のボスがいるんです。

 

ここから長くなるので端折りますが

7年間死ぬほどやります。

練習時間はもっともっとと増えていきました。

 

・休日という概念をなくす。

・夜中目が覚めた時に練習できるように

家の鏡の前にウイッグを設置

・練習タスクを決めてできるまでやめないシステム

(これは途中でやめました)

 

県7連覇

南九州三冠(メンズ・レディース・消費者審査)

関西の大会MVP二回

全国大会7回とも選外

 

結論から言うと

僕は目標の日本1になれませんでした。

7回代表をしたということは7回負けたということです。

恩返しに失敗した人生を過ごしています。

ここはまたあとで触れます。

 

これ全部かくと量やばいのでここまで

丁寧に描いたんですけどもっと端折りますw

 

コンテスター時代に起きたとんでもない経験

・モデルが前日にとんで、

1人で大阪に行き夜中の2時までモデルハント。

・京都の山奥でボードを持って目標を叫ぶ

・関東の大会でよそ者扱いされ控え室に入れてもらえないw

・日本ナショナルチームの合宿にモデルで参加、本物との違いを知る。

・遠征先で宿泊先が予約できておらず収納庫を借りてすのこの上で宿泊

・台風なのになぜか飛行機が飛び、降りたら交通網ストップ

ネカフェの空きスペースで体育座りで就寝。

 

ほんの一握りのことですがこんなことが起きました。

これ描いてると何万文字になるかわからなくて

読む方もすでにしんどいのにもっとしんどいので

かなり簡略化していきます。

深掘りして聞きたいのがあればスポットで描きますのでいってくださいw

 

でね、こんなことをやりながら今に活かせてることは

 

・ホームは戦いやすい

・名前で負けるな

・達成できなかった努力は努力不足

・効率のいい努力という言葉に逃げるな

・やらなくて見えないことなら失敗して覚えろ

・やってない外野のやじを気にするな

 

と言うことです。

 

僕は県外で戦うメンタルを持つのに

かなりの時間を要しました。

正直自分と戦っていたのではなく

情報をあつめるために調べていた

名前にビビっていました。

しかし京都であった日本一になりたい人が集まる

合宿で世界チャンピオンや日本チャンピオンに

ご指導いただきコンテストになった時に

あー、県や名前は関係なくてただ力だなって感じたんです。

意外と僕は僕の立ち位置を知らなかったんだな。

僕はこれができていてこれができないただそれだけだと

気づいたんです。

今まで何か見えない巨大な化け物と戦ってきましたが

1番は自分自身と向き合うこと。

それだけだったんです。

そこからはどんな大会にも動じなくなりした。

自分は自分だから。

人間は人間というワンジャンルだから。

自ずと結果は付いてきます。

欲しがっていた結果も目の前です。

しかしここでアクシデント発生。

資金と時間のショートです。

僕はコンテストに多額の時間とお金を使っていて

最後の1年は独立していてスタッフもいました。

自分の練習に明け暮れていた僕は全ての時間をそこに

使っていたのでスタッフの練習もしかと見ず

自分のことばかりスタッフの不満はたまります。

時間とお金、立場、もう僕にはあとがなかったんです。

僕はそこで残り1年にかけコンテストに取り組みます。

 

そして人生をかけた本番、結果は

選外。

実は本番で欲をかいた僕は普段やらないことを

してしまいスタイリングできなくなり終了。

もう今思ってもバカですw

 

その日でコンテストをやめました。

踏ん切りがついたのは

ある先生が

毎年あと一年って言うよね

って言葉で

確かに!ってなって練習を次の日からやめましたw

何だったんでしょうねw

でもそこから数ヶ月は朝が苦しかったです。

だって昨日までは

日本一になるための1日が

何も先のない1生負けたままいきていく毎日だから。

でもあの言葉のおかげで僕は

経営者の道を歩み始めるのです。

 

この7年で学んだのは

・目標はいつの間にか高くなり人は足りることを忘れる

・いつぞやの目標は昔話になり次のチャレンジでは通過点でしかなくなる

・夢は人に支えられて求められる

・夢は大きくなればなるほど応援者は大きくそして太くなる

・本気になればなるほど自然と目の前に必要な誰かが現れる

・叶えられなかった時それは目指した人にか見えない地獄がある。

・無くした夢はそこを補うように次の目標が自然と現れる

・今自分に起きていること全てに感謝。

 

今何かを目指している方、自分の中で本気で取り組もうとしている方がいる思う。

人生1度くらいは本気で何かに向き合った方がいい。

ただ本気で何かに向き合うと言うことはそれなりの覚悟も必要だと言うことを忘れないように。

 

 

次回はこんな劣等感と目標を失った僕がそれを

また超えるものを見つけた

経営者編(現在まで)です。

 

1話目

3話目

 

 

 

 

僕の過去のお話①

今日から3回にわたって

僕の36年の人生で起きた大きな奇跡に近いことで

起きた転機のお話をしようと思います。

 

1回目はことは遡ること21年前

僕の高校入学の話をしようと思います。

と、その前に僕が10歳26年前の

お話からスタートします。

 

僕の実家は自営業を営んでおり

小さいながらに家が忙しいことは

わかっていました。

なぜか小さい頃から野球が好きで

野球をしたいけど

当時の少年団は親ありきで

共働きのうちでは

絶対に叶わないことは

わかっていたし

言われてもいました。

近くの空き地で

野球ぽいことをすることが

子供の頃の楽しみでした。

でもやっぱ

少年団に入りたかったんです、、、

多分なんでもよかったんです。

そんな時に

バドミントンの少年団ができました。

今でこそ世界一の

日本のバドミントンですが

当時は

え?体育館でやるの!?

みたいな立ち位置で

インキャの人がやるイメージでした。

僕も本音で言うと興味はなかったのですが

目新しさから僕の中のいい友達が

みんな入団。

また1人になってしまうわけです。

一応親に言うも

もちろんアウト。

諦めてはいたので

まぁそんなもんやろって感じでした。

そんな中、急に店に友達と

顧問の先生がお店にやってきたんです。

この日が僕の人生が大きく変わるのに必要な1日でした。

顧問の先生は何を思ったのか

僕の友達と一緒に

親の手はかからないようにするから

バドをさせてあげないか?

と僕の前で話をし始めました。

あれよあれよと

僕はいつの間にかバドをすることに

その日に家の玄関でみんなが

肩叩いたりハイタッチしたり

と一緒に喜んでくれた

あの日は忘れられません。

この時に友達の大切さを切に感じました。

 

 

バドを初めて気づいたのは

本当にインキャの集まりだったので

これ簡単に1番なれんじゃね?

ってやつですw

野球とかサッカーとか陽のあたりやすい

スポーツしてる人たちって

運動神経も言い訳です。

でもバドですよ!

いけちゃうんですw

ごめんなさい偏見だし今は違うと思いますw

 

そのまま僕は気持ちのいいお山の大将に、

はなが長くなった天狗ちゃんになります

最強の井の中の蛙の出来上がりですw

そこで1つ目の試練がやってきます。

マイナースポーツすぎて

進学先の中学にバドミントン部がないw

部活はまたもや親の大反対にあい断念。

もう中学の中で新しい友達だの

仲間だのを作るのを諦めた瞬間でした。

今思うと部活してようがしてまいがあんま関係ないし大げさだけど

当時の僕はなぜか帰宅部イコールかっこ悪いだったので

学校がクソつまんなかったですw

なんでだったんだろ、ほんとつまらなすぎて

ほとんど記憶ないしつまんないの塊でしたw

何かスポーツはしていないと自分が保てなかった僕は

社会人のサークルでバドを続けます。

バドは好きだったので楽しかったのは覚えているし

親に営業終了後夜体育館まで連れて行ってもらっていたのは

感謝しています。

しかし

試合に出れないわけです。

中体連の。

流石に気づきます。

こりゃーバドでの先が見えたなって、、、

 

ところが奇跡が起きます。

 

当時県総体12連覇県大会50数大会連続負けなしの高校から声がかかったんです。

 

奇跡としか言いようがありませんでした。

1番驚いたのは僕、その次は校長

なんてったって当時の校長は

僕が試合に出たいって懇願すると

お前みたいな奴が学校の名前を使って

出ると学校の名前に傷がつく

恥をかかされたくないから

出場なんてさせない

と許可を出さなかった人だからです。

校長、監督、僕のなかで

校長の一言目はなぜこの子なんですか?

でした。

嫌だったんでしょうね

自分の中の恥さらしが評価されたのがw

まぁでも僕もびっくりなわけですw

話を聞くととんでもない裏話が、

あーこれは文章に残すとまずいので

今度BOND内での

ユーチューブですこーし話します。、、、

まぁ話せる範囲だと

近所の高校の監督さんが

その高校の前任の監督さんで

欠員を埋めるために

社会人の指宿の小さな小さな大会を見て

なんか中学生いるじゃんで声かかったのが僕w

奇跡ですよねw

でもこれに乗っかるのがまた僕の性格w

もう目の前のチャンスにはすぐに飛びつきます!

でもこれが地獄の始まりでした。

 

入学当時2つ上の先輩は凄まじく強く

全国8のダブルスがいたり

なんなら県大会ベスト4

独占みたいな感じで本当にすごかった、、、

当たり前のように僕は練習についていけず

毎日練習が終わっても家に帰っても

トレーニングし続けた。

秋になり新チームになる頃には

体ができてきたのと

基礎を教えてもらったことで

なんと奇跡のメンバー入りw

先輩が1人故障したのと

1人の先輩の伸び悩みが要因でした。

そして九州選抜を風邪で奇跡のメンバー落選と

本当にアホみたいな奇跡を起こしまくりましたw

 

おまけに1つ上の世代が連覇を止めてしまします。

なんと僕はその歴史的敗北のメンバーです。

負けたら全てが終わることを

17歳で知りました。

 

ただここでまたわかってきたのは

これはここでは1位にはなれないのではないかという現実です、、、

 

同い年には九州チャンピオンで日本代表のジュニアの

合宿に呼ばれるような人までいてどんどん話されていく

現実と勝ちたいのについてこない結果に

オーバーワークによる故障。

 

最後のインハイの予選でも

僕は決勝で負けメンバーが勝ち優勝。

 

インハイには連れて行ってはもらうも

僕の勝たないと惨めだということを

知るには十分すぎる現実を突きつけられるのでした。

もちろん個人戦でも勝つことはできず

九州大会止まり、、

僕のバドミントンの選手生活は

県で個人タイトルをとりたいという

思いだけを残し幕を閉じました。

 

僕の何事も

結果が全てだという根本はここでできました。

 

余談ですが僕の結果が全ては

結果が悪い時は過程が悪いから。

だから過程がいいから結果はいいは

ありえないし失敗を認めないなら

取り組まない方がいいという思いがあります。

 

はい脱線しましたが、

僕はこの勝ちたい1番になりたいという思いを持ちながら

バドミントンの神様は奇跡を2度と起こすことなく僕の

高校生活とともに終わりを告げました。

 

しかし

 

社会人になり僕は舞台をかえ1位になんどもなります。

 

奇跡は仕組まれたように起き続けるのです。

 

次は社会人コンテスター編です。

 

2話目

3話目

 

 

僕の価値感のお話をいろんな角度からだーっと書きます。

昨日価値の話が面白かったので

いろんな角度から価値の話ができたらなって

僕の中で一番基準軸にあるのは

時間です。

だから時間を搾取されることが1番嫌です。

何度断ってもくる勧誘や

事前に聞いてた内容と

当日言ってた内容が違うとすげー腹たつんですよねー

最近はオンライン化が進んできて

画面越しだし呼び込みの

popも嘘だらけなんてことも珍しくなくなってきました。

この前なんてこれについて話します

って開催されたオンラインセミナーが

90分でメイン2分

もう詐欺ですね

ものに当たるレベルのやつです。

最初から言ってくれればいいのにうだうだと、、、、

営業に

めちゃくちゃ文句言いました。

まじで本人に言おうかと思いました。

思い出すと愚痴になってるので

やめますw

 

話は戻ると昨日とある方と価値の話になったんです。

でね、面白かったのは

価値についての考え方が全く違うこと!!

面白いんですよ

対価の考え方から違うし

設定の仕方も違う

なんなら価値をつくってきたことへの

関心度も違うわけです。

数名とそこで

どーのこーのってなった時に

僕が心がけてるのは

いろんなことがごちゃごちゃになりそうでしないことw

例えば今お話は

時間なのか

満足度なのか

お金なのか

笑顔なのか

雇用者の満足度なのか

はたまた業界全体のメリットなのか

これが難しくてまだまだできない、

脱線ばっかなのですが、、、

 

今はいろんな

耳障りのいい言葉を多投して

現実から逃げ出したり

本質が見えなくなったり

自分のゴールを見失ったり

自分の立ち居位置さえ

わからなくなってしまう人が増えました。

言葉が飽和してきているからだと思うんです。

簡単に手に入りすぎるんです

努力なしのぺらぺらの

うわべだけが。

だから

1つの言葉に依存しすぎる

1つの言葉に憧れを持ちすぎる

シンプルでいいと思うんです。

僕もいっときそんなんが大好きで

いろんなその手の本もみまくったし

聞きまくりました

でも結果成功した人が

まとめやすい言葉だと思うんです。

で、それに価値をもたらすために

過程を込めて単語にしている

それをどっかのアホが自分の使いやすい形に変えて

価値がなくなる。

 

言葉の捉え方だと思うんです。

 

例えば

 

昔僕の勤め先のオーナーが

話してくれた話で

まずは結果をいう

それでわからんかったらその前を

それでわからんかったらその前を

と逆再生して話すと

話が簡単に進む

そこで相手の理解度を測りなさい

と。

 

(そこでわかったふり(賢いフリ)をするから

ペラペラなんですよねー)

 

難しいけど今でも実践していて

意外と楽なんですよ、話もすぐすむしw

 

是非みなさんもわからないことをわからないところから

話すと相手の時間を奪わないかもしれません。

 

僕は全くわからないときは素直に

無知でわからないので全部最初からお願いします

なんてお願いもすぐします。

賢そうにしても意外とすぐばれて迷子になるから

頭を下げてありがとうを言う方がずっといいきがしてます。

 

スタッフとかには桃太郎で例えるんですけど

どこがわからないか聞いて

桃がどうやって流れてきたんですか?

鬼は具体的にどうやってトドメをさしたんですか?

結果何が目的で鬼をとしたんですか?

って聞いて欲しいんです。

僕は伝えるのが苦手なので

これを聞かれることを望んでいるのに

鬼のトドメの話を聞かれても

あのねまずね動物にきびだんごあげてさ、そんでさ

みたいな話をしてしまいがちなのですが

そんなんは望んでないんですよね聞く方は。

ここを毎回反省します。

さして終わらせた

みたいなのをこれからは伝えたいと毎回思います。

 

まぁそんな感じです。

 

あとはあれです。ほらあれ。

あーあんま言うと

違うか、、、w

 

明日は僕の人生におきた

2つのお話👦

興味がある方は是非。

 

 

 

 

 

 

撮影しました🌟

おはようございます!ウルルの下吹越です❗️

先週は久しぶりの撮影をしました。

ちなみに僕はスタイリストデビューしてからのはじめての撮影でした❗️

作りたいイメージをもち、衣装、メイク、ヘアを考えはじめて撮った撮影はとてもいい時間になりました🌟

メイクはふみかさんが担当してくれて僕はヘアとイメージに合わせた衣装を担当。

初めてながら全力で時間は許す限り撮影に挑みました!モデルさんは髪質改善トリートメントを約一年間通って頂いているめちゃくちゃ艶髪の持ち主。

この艶髪ロングヘアを活かすのと、また違った印象を作るために2パターンで撮りました。(詳しくはまたあげます🌟)

サロンワークとは少し違い、髪の動き、モデルの持っている素材美や印象最大限に引き出すためにも時間を費やし撮影しました。

撮影した画像がこちらです。👇

ブログの為画質を落としてありますが。。。。

協力してくれたモデルさん、スタッフおかげでとても有意義な時間となりました📸

ウルルの髪質改善トリートメントは他のサロンとは一味違い、オリジナルで更に艶感をアップさせます❗️

成人式を控えているモデルさんにとってもとてもいい撮影になり、こちらとしてもとてもいい思い出となりました!

先日はインスタにアイロンを使ったヘアセット動画を公開し、ウルルに来てくださるお客様へ、より髪に興味を持っていただきたい想いで動画を作成しました。

アイロンを使ったセットは難しい。

わたしは不器用だから無理だわ。。

そんなことないです❗️

誰だって最初から上手くできる人なんていません!w

でも興味を持って、してみたい❗️挑戦してみたい❗️という気持ちをもって一歩目を踏み出してもらえたら全力でそれが叶うよう僕たちが責任をもってお伝えします。

僕たちも朝ミーティングをすることがありますが、説明責任を大切にしています。

お客様が悩んでいることをサロンに来た時に解決をするのは当然ですが、そのあとご自宅でもヘアを楽しめるように必要な物や、お客様にあった髪のお手入れ方法をお伝えしています。

僕も決して器用な方ではなかったです。でも難しいことをクリアできるように努力をしてきました。

お客様がしてみたいという気持ちをぶつけてくればそれに対して僕たちも全力でお伝えします。

今後成長していくために、お客様のヘアを携わる為に今後も頑張りつづけます。

今週は8月ラストスパートの時期です。

暑かったこの夏をよりリフレッシュする為に全力で今週もサロンワーク挑みますので是非お悩むがあるお客様。なんでもいいのでお伝えください❗️

今日も一日がスタート❗️

元気にいきましょー!!

今日もご予約お待ちしております🌟 ではまたー👌🥰

たまにはお店の話w

たまにはお客様に有益なことを

話して見ようかと思いますw

この前スタッフの子が撮影をしてたわけです。

僕はその時間は他のスタッフの

個人面談があって

外出してて

でも気になって戻ってきて一緒にパシャパシャ

撮り始めたわけです。

そしたら

意外と僕がはまってしまった、、、

監修石花

一番楽しむ!

知り合いの娘さんだってのもあって

遠慮はなく

ガンガンいけるしすごい楽しくなって

気づけば日づけ変わって2時w

最高ですねもう最高の時間ですよホントに。

表現者としてテンションが上がる時間なので!

で、この日のモデルさん

ウルルの髪質改善にずっときてくれてて

最高の髪を手に入れてるんです!!

もう誰もが羨ましがる髪とはこのことではないでしょうか、、、

実はウルルでは人数限定でしか入れない

超裏メニューがあるんです!もうすんげーのが!

実際現在定員いっぱいのあの企画が

今回再募集がかかります!

スタートは10月です!!

その予約をとり始めようかと想っています。

でもこれすぐ定員埋まります。

ほぼ間違い無いです、、、

もうこの前とかすぐでした、、、

ちょっと早い者勝ちに出来レース感も出てきたので

ちゃんとこーやって情報を見てくださっている方が損をしないように

今回は10月の契約希望の方全員受けます!!!!!!

あっ、言っちゃった、、、

あー無理な時は白旗あげるから

許してくださいねw

内容すこーし話しますね!

あのウルルの超人気メニューの

髪質改善トリートメントが

半年間通い放題になるってよ!!!!!!!

もう一回言うよ

通い放題ですよーーーーー!

ヤーリーほーだーいーーー。

、、、

しかも次の予約もその次の予約もはたまた次も取れるから

会員入ったのに予約取れない。なんてことはありえません!!

ゼーったい信じてくれた人たちは

そんをさせないシステムだからご安心を!!!

だってこの画像だって加工なしですよ!

もう偽物かよ!って感じですよね、、、

全国のサロンで5パーセント以下のサロンでしか扱えない

商材をいくつかオリジナルで掛け合わせ

尚且つそれを

個々に処方して

そのかたにマストな

髪質改善ができます!

これができるのって物理的に鹿児島ではウルルだけなんです!

だってこの知識もモノも手に入れたくても入らないんだからw

まぁなんにせよ現会員様からお礼を言われることが珍しく無い

このシステムを意地でもこの機会に手に入れてくださいね!

あなたの美に対する想い、このウルル損はさせませんw

 

さぁくどくなってきましたのでそろそろ終わりにしまーすw

 

今日のお話は

①撮影はサイコーだった

②すぐ横入りで監修したがる癖やめたい(やめないといけない)

③幻の企画一瞬復活の告知

 

ではでは!

 

最近の暑さが….すごい

お久しぶりです。

ウルルの下吹越です🌟

猛暑日も続きかなり暑さが本番を迎えてきて外にでるのも躊躇してしまう日は続いていますが皆さん元気にされていますでしょうか?

最近はスッキリショートに切るお客様やカラーを

明るくして少しイメチェンされる方も多くなった気がします✂️

最近のお客様のスタイルですが細めのチップでハイライトをいれて、黄色味や赤みを消した無彩色のカラーもかなり人気になっております♪

そして今週は第3日曜と月曜日はウルルの店休日でしたので僕は久しぶりに本を購入しました🌟

今回はこの本を購入しました🌟

かなり読みやすく、読んでいて勇気がでるような

今を生きる中で考え方や発想を変えるだけで

こんなにも楽しくなる方法が書かれていました。

結論としては「失敗を恐れない」ということです。

人生の大半は20代で経験することが多くで

そのチャンスをいかに自分から飛び込んでとりにいくかがカギということでした。

野球でいうとバッターボックスに立たないと

ヒットもホームランも打てないということ。

三振を恐れてバッターボックスに立たずに、

そのバッターボックスに立った人をあーだこーだ

批判するだけではなにも生まれませんよっていうことです。でも批判や評価を勝手にして見ているだけの人が最近は多いですよねってことも書かれていました。

とある有名美容師さんの今までの美容師人生の記事もみましたが、とにかく挑戦し間違っていたらすぐに方向転換。人生はその繰り返しとつづっていました。

そんなこと当たり前とは思っていても

なかなか失敗するのは恐れてしまうので

こういった考え方を忘れてしまうんですよね。

たまには振り返り、「そうだったよな」と考える時間を

設けるのも大事ですね。

この本にこのタイミングで出会えたのも

また一つ感謝です。

今日からウルルは通常通り営業しております。

コロナ対策もしっかりとさせていただき

お客様になるべく安心した環境の中接客できるよう

準備しておりますので今週もどうぞよろしくお願いします❗️

では今日も頑張っていきましょう🌟

36歳になって想うこと

25日で36歳になりました。

 

僕の中で最近大きく変わったのは

祝われると嬉しいと言う感覚が生まれてきたことと

歳を重ねるのが少しずつ怖くなっていると言うことです。

 

昨日はたくさんの方からのお祝いの言葉をいただき

本当にシンプルに嬉しかったです!

ただね、ただ怖いwww

なんかよく自分の寿命くらい自分でわかるなんて言葉がありますが

選手寿命を感じてきています。

プレイヤーとしての寿命です。

 

きっと僕の技術者のピークは40歳です。

 

これは個人差があると思います。

でも僕はここだって

なんとなくわかるんです。

いろんなすごい人たちに囲まれてきた僕だから言えることは

やはりピークアウトすると言うことです。

そしてそうさせないための努力は

常人では不可能

もしくはきついと言うこと

すでに僕はコンテスター時代の練習量を

こなせと言われたらメンタル的に不可能です。

多分ここが大切です。

頑張れる時に頑張る。

もともと僕は

頑張ると言う言葉が大好きです。

頑張らなくてもいい

とか、頑張るとか言ってるうちは、とか

いろいろうだうだ言う人がいますが

僕はそう言う人に限ってあんま結果が出ていないようにすら見えます。

なぜそう思うかと言うと

僕も言ってた時期があってその時は

思ったような結果が付いてきませんでした。

だから頑張ることは必要かと思います。

そこからピークアウトしていい時期になったら

頑張ることをやめて

錯覚資産を使いながら緩やかに

その次のステージに移る

ってのが今の僕の答えです。

今のね。

大体の人は頑張り切らずにやめる

って感じがあるわけです。

だから今僕は頑張ることを頑張っていますw

もうめちゃくちゃですねw

あーもうあと自分の直感の日まで

あと4年、、、

もう残り少ないな、、、

今している朝練も

夜している

スタッフのメンテも

全てもう少しで求められなくなるんだろうな、、、

僕を少しでも欲している皆さま!

今現在ピーク手前の

めちゃくちゃあぶらのりまくっている

僕を使い倒してください!!

もうボロ雑巾になるくらい使い倒してください!!

お客様にも、もう僕が嫌がるくらい求めてほしい!

そしたら死ぬほどあなたのために頑張ります!

頑張れることを与えてもらえることが幸せなのは

よく理解しているつもりです!

ぜひ僕を使い倒してください!

、、、、

 

あっ、たくさんのメッセージありがとうございました!

それは別腹で死ぬほど嬉しかったです!!

 

ではまた!

 

 

石花が思う今しなくてはならないこと。安全ではなく本当の安心と生活を守る編

僕のいる指宿は小さい小さい街です。

4万人っていう言い方ですが

旧指宿市だと

3万人くらいの街です。

僕たち指宿市民が今しないといけないことはなんなのか?

と、最近は思ったりするわけです。

もちろん今はいろんなことを

守らないといけない時期ですが

逆にいろんなことを進める時期でもあると思います。

こんな時代は過去にはなかっただろうし

もしあったとしても僕ら末端には降りてきていないことですし

なかなかうまく処理できるものでもありません。

だから今はテレビのくだらないワイドショーの

くだらない話を聞くのではなく恐怖に感じる

洗脳からまずは脱出し

本当の安全な情報を

自ら精査しながら行動しないといけません。

正しいマスコミの情報と

不安だけを煽るものの差を

しっかり見極めるのです。

そしてそれを1人でも多くの人に

噂話ではない事実だけを話すんです。

今話すべきはなんなのかを

よく考えるんです。

本当に怖がるべきはなんなのか?

もっと言うと

今直近で生活を守るためにしなくては

ならないことはなんなのか?です。

安心させるのが僕らの役目でしょ?

今ならまずは濃厚接触者の定義を守ってみるとかはいかがでしょうか?

ウルルでもしていますが、

双方にもしものことを起こさない最低限のマナーを守るんです

具体的な話をすると濃厚接触者とはなんなのかを知ることからです。

はっきりいって今のこの無価値な国の対策は

国民の生活を奪います。

だから指宿市もあんな意味のわからない対策を

立てて市の財源を苦しめなくてはならなくなっています。

指宿市で指宿市民お断りって、、、

まずは市民が気付きましょう。

それでは生活が守れないことを。

国の望みはゴートゥーキャンペーンです。

県外客お断りの時代はもうずいぶん前に終わりました。

なんなら鹿児島および指宿の方が県外の人にとっては

リスクがありますw

今僕らはアホな人がしてきた

県外人を殺人犯みたいに扱っていたのが

自分たちが今県外の人から見たらその立場だと言うことに

気づかなくてはいけません。

もうずいぶん前に立場は逆転しています。

今はどうやって濃厚接触者にならないかです。

シンプルに話します、

「双方マスク」

これだけです。

安全とかはさておきまずは1つ目は

濃厚接触者にならないように

それだけで2週間監禁はま逃れます。

この国は今マスクで生活が守れると言う

不思議なお花畑現象が起きています。

僕ら末端の人間はこれに今は

従うのが一番だと僕は思います。

仮にそれに背き

不用意にPCRを受けると

安心と引き換えに

陰性でも家の中に閉じこもると言う罰ゲーム

を受けなくてはいけません。

これで生活が守れる人はそれでいいと思います。

しかし大多数の人は困窮するでしょう。

まずは濃厚接触者扱いを避ける。

もっと言うと

外出を控えるのではなく、

濃厚接触の定義に触れるとこを避けるです。

今はその時代です。

今時代はすごいスピードでしないといけないことが変わっています。

多分1ヶ月後また僕は違うことを

間違いなく言うでしょう。

そう言う時代なんです。

理解しましょう。

あくまで僕の私的な意見ですので

反論は夢でお願いしますw

 

 

 

 

ドラマ

僕実はほとんどテレビ見ないんです。

家のリモコンなんてほとんど

半年くらい触ってないですw

もちろん必要な情報は

必要なだけしっかりとるようにしています。

そんな僕なのでもちろん

ドラマなんてものは

見ませんw

けどこれが今回の

おこもり事情で少し

事情が変わってきまして

世間様の流行りに僕も乗っかり

アマゾンのプライムビデオ

のアプリをとり

自分の時間を画面に

突っ込んでますw

 

ドクターXに始まり

今は集団左遷にはまってますw

いやードラマっていいですねw

僕もやっと人間らしいことを言うようになりましたねw

そこで最近になって思うのは自分の時間とはなんなのか?

ってことです。

ぶっちゃけつくらないとできないものだと思うんです、

でも簡単じゃないって言うか、、、

 

昨年、落合陽一さんのツイートを見て

衝撃が走ったのが

時間がないけど求められてるから

自身のセミナーを深夜2時(3時だったかも)

にすると聞いて

あーやっぱり24時間は平等なんだなって

思ったんです。

個人差なんて言葉が一人歩きしますが

僕は昭和なんで根性の方が好物ですw

だから最近は自分がぼーっとできる

時間を意地で作っていこうと努力していますw

皆さんんはどうやって24時間の中に

自分の時間を埋め込んでいますか?

色々聞かせてくださいね!

ではでは!!

 

ウルルのメルマガ登録はこちらから